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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13077号 判決

原告

尾崎クニ

右訴訟代理人弁護士

荒竹純一

被告

鹿島建設株式会社

右代表者代表取締役

村上光春

右訴訟代理人弁護士

藤原浩

石島美也子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

被告は、原告に対し、金五一二九万〇七八七円及びこれに対する平成二年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、被告に対し、被告が請け負って建築したマンションの玄関の自動ドアに欠陥があり受傷したとして、請負契約の債務不履行に基づき、損害金五一二九万〇七八七円とこれに対する本件事故の日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めた。

一  争いのない事実

1  原告ほか三名(以下「原告等」という。)と被告は、昭和六二年三月三一日、原告等において土地を提供し、被告において、住宅専用マンション(以下「本件マンション」という。)を請け負って建築し、土地と建物を等価で交換する旨の合意をした(以下「本件契約」という)。

2  被告は、本件マンションの一階玄関の出入口に、寺岡オート・ドア販売株式会社製V一五〇・KM型のオートロックシステムのドア(以下「本件ドア」という。)を取り付けた。

二  原告の主張

1  原告は、左記の事故(以下「本件事故」という。)により、受傷した。

(1) 日時 平成二年一月八日

(2) 場所 本件ドア付近

(3) 態様 原告が、本件マンションの一階玄関の出入口付近で、家政婦の小宮サク(以下「サク」という。)が来るのを待っていたところ、突然本件ドアが閉まり始め、左手にぶつかり、下腕部分を擦られたため、衝き倒されて転倒し、受傷した。

2  原告等は、被告に対し、身体障害者で高齢(七五歳)な原告が居住することを前提として、本件マンションの設計・建築を依頼したものである。

3(1)  被告が選定・設置した本件ドアは、ドア付近に人が佇立していても、閉扉する構造のものであり、瑕疵ないし欠陥がある。

(2) 本件ドアのセーフティストップ機能は、付添人が閉扉を阻止しようとしても果たせなかったものであって、瑕疵ないし欠陥がある。

(3) 被告は、原告等に対し、本件ドアの構造がそのようなものであることの説明を怠った。

4  原告は、当時七五歳であったが、本件事故により、右大腿骨転子部、転子下骨折、右手関節部骨折等の傷害を受け、以下の損害を被った。

(1) 治療費 六八万〇三八〇円

① 入院治療費 六七万五九八〇円

② 通院治療費 四四〇〇円

(2) 付添費用 九六三万一一三三円

① 付添費用 四三万四三六〇円(平成二年一月八日から同年二月二〇日までの入院期間)

② 紹介手数料 四万五四八九円(①について)

③ 付添費用 二六六万一五七二円(退院後から平成二年九月末日まで)

④ 紹介手数料 二七万〇四三六円(③について)

⑤ 付添費用 一九五万五七五〇円(平成二年一〇月一日から平成三年三月二五日まで)

⑥ 紹介手数料 一九万九一四四円(⑤について)

⑦ 付添費用 一七八万九三〇一円(平成三年三月二六日から平成四年五月一五日まで)

⑧ 紹介手数料 一七万〇九四三円(⑦について)

⑨ 付添費用 二〇四万三九九一円(平成四年五月一六日から平成五年一二月一五日まで)

⑩ 紹介手数料

六万〇一四七円(⑨について)

(3) 将来の付添費

三二三六万六四七四円

(4) 入院雑費 五万二八〇〇円

(5) 慰謝料 五五六万円

① 入通院慰謝料

一八五万円 (四四日分)

② 後遺症慰謝料 三七一万円(第三級3が第二級2になった)。

(6) 弁護士費用 三〇〇万円

(7) 合計 五一二九万〇七八七円

三  被告の主張

1  本件マンションの基本的コンセプトは、外国人向けの高級マンションであって、原告の個室や玄関の車椅子用スロープを除くと、身障者の使用に特別な配慮をすべく要請されてはいない(なお、被告は、原告には常時付添人がついており、車いすで移動すると聞かされていた)。

2  被告は、原告等の窓口となっていた長男光三に対し、本件マンションの引き渡しに際し、本件ドアの機能の説明をしている。

3  原告には、既往症があるから、損害の算定につき考慮されるべきである。

4  原告側には、重大な過失があったから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  争点

1  本件事故の態様について

2  本件ドアの性能について

3  本件ドア設置の前提について

4  債務不履行責任の有無について

(1) 本件ドアの選定・設置について過失があったか。

(2) 本件ドアの説明を怠ったか。

5  原告の損害について

6  過失相殺等について

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様)について

証拠(甲一、一一、二九、証人小宮、証人尾崎)によると、本件事故は、本件ドアが閉まり始め、原告の左手ないし左手に持っていた杖が触れたか、触れそうになったため、原告においてバランスを失って転倒し、受傷したものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。原告は、本件ドアが閉まり始め、左手にぶつかり、下腕部分を擦られたため、衝き倒されて転倒し、受傷した旨主張するが、衝き倒されて転倒したとまではいい切れない。本件ドアの閉まる速度は、一般の自動ドアに比して格別速いものではない(秒速約33.3センチメートルであって、人の歩行速度の三分の一のスピードである。)うえ、原告が佇立していたのは中央部分であるところ(証人小宮)、本件ドアは、中央付近に近づくと減速・徐行するものである(乙一三〜一五)から、本件ドアが原告に触れたとしても、その衝撃(その押圧力及び時間)はさしたるものではなく、こすったという程度のものであり、通常の健康状態の者であれば、およそ起こらなかった事故である。原告は、本件ドアを通過しようとしていたわけではなく、本件ドアが閉まり始めたことに気付いた時点で、ほんの数センチ手を動かすことができれば避けられた事故である。原告が脳梗塞の後遺症により右片麻痺の状態にあり、杖に頼って歩行し、強い風が吹くとぐらつき転倒の危険を感ずるような状態にあったため、わずかなことでバランスを失ったため起こった事故とみるほかない(甲四・五の各1〜3、証人小宮)。なお、甲一、二九、証人尾崎の証言は右認定に反するものであるが、前記各証拠に照らし採用できない。

二  争点2(本件ドアの性能)について

1  証拠(甲一一〜三一、乙一五、証人尾崎)によると、(1)本件ドアは、屋外側と屋内側の各床面に電磁マットが埋設されているが、どの範囲で人体を検知しどの範囲で検知しなくなるかは外観上明らかでなく、電磁マットスイッチが人体を検知していても、開扉後四〇秒が経過すると閉扉する構造になっていること、(2)本件ドアに設置された安全光線スイッチ(人体が光線ビームを遮っている間ドアを開扉に保つ機能)は、屋外側のみであって、屋内側には設置されていないこと、(3)本件ドアが閉扉し始めると、その押圧力は一五キログラムであって、約五秒間継続し、右時間経過後、これを開扉しようとすると約七キログラムの牽引力が必要であること、が認められる。

そうすると、本件ドアの構造は、原告主張のとおり、身障者や高齢者にとって、いわゆるゴムマット式もしくは静止感知式を採用し、かつ安全光線スイッチを設置した場合に比して安全性に欠ける憾みがあるから、身障者や高齢者の使用に特別な配慮をすべきような場合には、その設置に問題がないとはいい難い(身障者や高齢者がドアに接触する位置において、身体の自由を失ったような場合には、危険な状態となろう)。

2  しかしながら、証拠(甲一一、乙三〜六、一三〜一五)によると、(1)本件ドアが使用している電磁マットスイッチの検出範囲は、屋内側はタテ五〇センチメートル・ヨコ一〇〇センチメートル、屋外側がタテ七〇センチメートル・ヨコ一〇〇センチメートルであり、通常の健康状態の者なら、検出範囲に踏み入れて本件ドアを通過するのに二ないし三歩、約四秒であるから、本件ドアのように開扉後閉扉が始まるまでに四〇秒の余裕がとられているのであれば、通常の使用形態を想定する限り、およそ危険な事態は考えられないこと、(2)現に、本件ドアと同様の構造のドアは、昭和四五年ころから実用化され、平成二年度まで約二〇年間、延べ約六万五〇〇〇箇所に設置され、一般のビルのみならず、市庁舎、図書館、ホテル、病院等の不特定多数の人々が出入りする建物で使用されてきたが、その間、製造メーカー及び被告において、その製造・設置について見直しを迫られるような事故例の報告を受けたことはなく、業界の安全指針に適ったものであること、が認められる。

そうすると、本件ドアは、身障者や高齢者の使用を専らにするなど特段の事情ないし合意がない限り、瑕疵ないし欠陥のあるものとはいい難い。

三  争点3(本件ドア設置の前提)について

証拠(乙一〇、一一、証人村上)によると、(1)被告は、原告から、外国人向けの高級賃貸マンションの建築を請け負ったものであるところ、原告の長男光三と再三にわたって綿密な打合せをしたが、原告が居住する一〇一号室と玄関の車椅子用のスロープについて原告のため身障者用の配慮を施すほかは、身障者や高齢者の居住の便を考え、手摺りをつけ、滑りにくい床材を使用するなどの設計はとられていないこと、(2)その際、被告は、光三から、原告には必ず付添人が付いており、独りで外出することはないとの説明を受けていること(これを受け、玄関の車椅子スロープも単独では利用できない構造になっている。)、(3)因に、被告と打合せした光三は、甲二の実験をなし得るような該博な知識を有する技術士であって、本件マンションの設計を指示・検討するに際しては、原告の健康状態と賃貸マンションとしての市場価値を勘案のうえ、種々の選択をしたものと思われること、(4)原告は、工事が完成して入居した後も、様々な手直しをしているが、一〇一号室のほかは、手摺りの設置など身障者の便を考えた手直しの要求はしていないこと、が認められる。証人尾崎の証言ないし陳述書は右認定に反するものであるが、前記各証拠に照らし採用できない。

右事実によると、本件ドアを設定するにつき、身障者や高齢者の使用を専らにするなど特段の事情ないし合意があったとは認め難い。

四  争点4(債務不履行責任)について

1  本件ドアの設置について

原告は、本件ドアの選定・設置について被告に過失がある旨主張する。しかしながら、前述したところによると、本件ドアを設定するにつき、身障者や高齢者の使用を専らにするなど特段の事情ないし合意があったとは認め難いから、原告の主張は理由がない。原告においても、付添人なしで外出することは考えていなかった(甲四の1)ものであるから、本件ドアが既述のようなものであったとしても、格別異存があったとは思われない。

また、原告は、本件ドアのセーフティーストップ機能(ドアが人体に接触すると、即座に高速反転して開扉に移行ないし停止する機能)の不備を主張するが、本件事故の態様(前述のとおり、原告は、本件ドアに挾まれたため転倒したものではなく、その左手ないし左手に持っていた杖が触れたか、触れそうになったため、バランスを失って転倒したものである。)に鑑みると、仮に右の点について不備があったとしても、そのことと本件事故との間に因果関係があるとは認め難い。なお、原告は、本件ドアのセーフティーストップ機能が、いわゆるUL規格(アメリカの民間会社が定めている安全規準)を充たしていない旨論難する(甲二〇の1・2)が、本件ドアが右規準を充たしていないからといって、本件ドアセーフティーストップ機能が不備であって、瑕疵ないし欠陥に当たるとまではいい切れない。

2  説明義務違反について

原告は、被告において、本件ドアの構造を説明すべきであったにもかかわらずこれを怠った旨主張する。確かに、原告において、本件ドアの構造を承知しておれば、独りで本件ドア付近に佇立し、転倒することはなかったかも知れない。冷静に反応でき、バランスを失うこともなかったかも知れない。しかしながら、前述したとおり、本件ドアは、身障者や高齢者の使用を専らにするなど特段の事情ないし合意がない限り、瑕疵ないし欠陥のあるものとはいい得ないものであるところ、そのような事情ないし合意はなく、かえって被告は、原告が付添人なしに外出することはないと聞かされていたものであるから、被告において、本件事故を予見し、原告等に対し、その構造を説明する義務があったとは認め難い。

(因に、証人村上の証言によると、被告の担当者は、光三を含む本件マンションの入居者に対し、本件ドアの構造について説明している公算は大であるし、そうでないにしても、原告等が入居後本件事故までに、原告側から、「新聞を外の郵便受けに取りに行くときにモタモタしているとドアが閉まってしまう」といったクレームがつけられ、光三と設計事務所の間で、「使い勝手を変えたいというようなことで、閉まる時間の調査などをやっていた」(そうなると、光三は、本件ドアの性能について、詳細な知識を得ていたはずである。)経緯もあるから、原告側は、本件ドアの構造を十分知っていたとみることも可能である。そうなると、仮に被告に本件ドアの構造を説明する義務があったとしても、事実上その義務は尽くされていたとみるべきであろう)。

五  結語

以上によると、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないことになるから、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤嘉彦)

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